上の写真は城東側からみた津山城模型
(津山民俗資料館内に展示)
左は在りし日の西北側の津山城

写真左は、現在の備中櫓(下)と津山城取り壊し前の備中櫓(上、模型)で比較したもの。

写真上は、昭和11年(1936)に再建された模擬天主


津山城本丸御殿の名残り
津山城本丸御殿で使用されていたと伝わる長法寺の襖(写真上)と腰高障子(写真、下)


腰高障子は新旧2時期が認められ、古様は17世紀末から18世紀初頭、新様は19世紀初頭と推定されています。襖絵は桃山・江戸前期の図様で、いすれも狩野派の絵師によるもので、唯一確認できる津山城の建具とされています。すべて津山市重要文化財で6月中旬に腰高障子の一般公開が行われます。



<長法寺>
明治7年から8年にかけて津山城取り壊しの際、紫陽花を描いた腰高障子(津山市重要文化財)が長法寺に贈られ、それをきっかけに紫陽花が植えられはじめたそうです。梅雨の季節になると約3500株の紫陽花が咲き誇り、県内外から訪れる多くの人の目を楽しませてくれます。
6月中旬の土日に「あじさい祭」が開かれ腰高障子が一般公開されます。



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