10年前の「津山だんじり保存会館」


 平成10年(1998)10月17日から18日にかけて台風10号に直撃された津山市は、約3000世帯が床上、床下浸水の被害を受け道路、橋の崩壊や土砂崩れなどの大きな被害を受けました。特に旧城下や周辺の被害が大きく泥水に浸かった城東、城西の異様な光景は今でも思い出されます。


 同年の17日は大隅神社関係の宵祭り、18日は本祭りで、まさに祭りの日が被害の日となってしまいました。大隅神社関係の町内では出動本部が対策本部に変わり、大きな役割を果たした町内もあったと聞きます。「祭りで培った横の繋がり、町内の絆がとても心強かった」と報道されました。


 翌年の平成11年(1999)の祭りは、こういう時だからこそ祭りで元気を出そうと大隅神社関係の秋祭りは11臺すべてが出動し普段とは異なる盛り上がりを見せた祭りで、非常に印象深く記憶に残っています。


 城西の新年を彩る「笠松町内の年越花火大会」も、被害に遭った安岡町や鉄砲町へ手助けにきた笠松の方々へのお礼を兼ねて両町内の年越花火大会の手伝いが始まったそうで、除夜の鐘に合わせて笠松の丘の上から打ち上げられる花火はさらに彩りを増しました。


 約170年前の津山でも、同じように「天保の大飢饉」が落ち着いた天保8年(1837)は、封建時代に有り得ない祭りとなっています。第8代藩主・斉民(第11代将軍家斉の子)が宮川御門から城内に引き入れ、祭りの中に加わり藩主と町民が身分を超え、ともに祭りを楽しむなど、何かあった時には祭りで活力を生み、それまでの空気を一新するという津山のDNAが今もあるようです。


 津山の先人が遺し今も愛し続けられている貴重な財産「津山まつり」を広く伝えたいとの思いを強くしたのが、前述した10年前の平成11年(1999)、大隅神社関係の祭りでした。資料を集め始めたのはそれ以前からでしたが、実際に津山まつりをPRし始め具体的に形として残っているものが、10年前の平成11年の新聞(写真左)でこの特集面の監修が「津山だんじり保存会館」の始まりとも言えます。


 そして10年後の平成21年(2009)、地元紙「津山朝日新聞」の元日号21面の監修を依頼され、津山だんじりの特集を掲載していただきました(写真下)。津山の皆様のお手元に届きましたらぜひご覧ください。


 「巻き龍」では、鬼板の龍、懸魚の龍が巻き合う巻龍臺(伏見町)、見事な彫りと四君子玉(梅、竹、蘭、菊)の麒麟臺(元魚町)、津山最大の山車の競演(南新丸・南新座VS松長放兼園・松原中)などの企画を考えましたが、紙面の都合で掲載できませんでした。


 平成21年は、津山市制80周年、徳守神社大神輿200年祭、そして今はまだ申し上げられませんが、1月9日に東京で発表されるものと併せ、近年にない大きな「津山まつり」となりそうで、「津山まつり」飛躍の年になりそうです。その年頭を新聞特集で飾ることができ、10年前の思いを結実できる年になるのではと期待に胸を膨らます年明けとなりました。


 本年も皆様のお力添えを頂きながら、「津山だんじり保存会館」の活動を精一杯頑張ってまいりますので、何卒よろしくお願いします。

平成21年元旦 津山だんじり保存会館



平成21年1月1日21面 津山朝日新聞


徳守神社大神輿200年祭企画新春第1弾
徳守神社大神輿-神田の獅子練り


 

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