森氏の家紋 松平氏の家紋と剣大



 津山は古くから、2013年4月3日に建国1300年を迎える美作国の政治、経済の中心地、交通拠点として栄えてきた。
 慶長8年(1603)、森忠政が18万6500石を与えられ津山城(鶴山、国史跡)を築城。津山城下の祭りは、忠政が慶長9年(1604)に城下総鎮守として徳守神社、元和6年(1620)に津山城鬼門守護神として大隅神社を遷宮すると同時に始まり城下町の発展とともに400年の歴史を誇る。
 初代津山藩主・森忠政が津山の礎を築き、第2代藩主・長継が発展させたように祭りも同じく、現在に残る徳守神社の社殿は寛文4年(1664)長継が再建立したもので、同年の祭りには現在の大神輿の先代神輿が木知ヶ原町(後の堺町)から奉納され、長継の意向で西松原に設けられた御旅所への御幸行が始まり現在も続く。またこの時から各氏子町内の練り物が神輿に随行する慣例となった。祭りは年を追うごとに盛大になり、数年後には24町が練り物を出すまでになった。
 しかし、祭りの規模が大きくなると外様大名である森家の幕府に対する遠慮や、祭りでのいざこざ発生を理由に市中の練り物が禁じられ、森氏に代わって津山藩主となる松平氏の時代まで約40年間、神輿の巡幸のみとなる。
 練り物から発展した現在のだんじりは森氏の後、元禄11年(1698)に津山藩主となった松平氏の時代に確立されたもので、津山松平氏は徳川御家門筆頭の越前家嫡流(家康次男の結城秀康を祖とする)で、家康から続く三河守を名乗りとする名家であり、津山市民に馴染み深い市章「剣大」は、越前家の合印(藩祖・秀康が兄の信康から本多作左衛門重次の忠義を忘れぬようにと授けられたもの)だ。
 練り物は、松平初代・宣富の入国と同時に復活。宝永3年(1706)に宣富が赤座屋敷(三の丸東側)から祭りを楽しんだことから歴代藩主も初代にならうようになる。同年の祭りは、城下の東大番所を北に進み宮川御門から城内に入り赤座屋敷の下を西に進み城内からは二階町門から出る順路だった。森氏の時代主流だった練り物は、正徳2年(1712)に家臺が3臺出るなど宣富の時代から家臺へと移っていく。
 宝暦10年(1760)には差し出された家臺を第4代藩主・長孝の子らが赤座屋敷から見物し寛政4年(1792)の祭りでは長孝の長男で第5代藩主となった康哉も宮川御門を開け、城内に引き入れた。
 現在の徳守神社大神輿は10万石を復活させた第7代藩主・斉孝の時(文化6年・1809)に建造され、文政7年(1824)には、新屋敷(旧赤座屋敷)から斉孝の娘が見物するなど、城内への引き入れが初代からの慣例として行われてきたことが分かる。
 さらに第8代藩主・斉民(第11代将軍家斉の子)は天保年間(1830〜1843)、宮川御門から城内に引き入れた祭りの中に加わるなど正四位上左近衛権中将という高い官位の藩主と町方が身分を超え、ともに祭りを楽しんでいた。
 赤座屋敷(後の新屋敷)は藩主の家族のみが見物を許され、重臣といえども加わることは許されないという格式を持っていた。
 封建時代に異例ともいえる祭りの規模に加え歴代藩主と町方との関わりは領内だけでなく近隣からも憧れとなり、徳守神社と大隅神社の城下二社の「神輿太鼓」「だんじり」は美作一帯に伝播していく。津山藩領だった久世、森氏時代の藩領で、松平氏時代は徳川御家門筆頭と譜代の関係で8代藩主・斉民の娘が輿入れした勝山など「津山型だんじり」が個々の地域で独特の進化を遂げ今に残る。
 江戸時代の近隣に類を見ない規模と徳川将軍の実子をはじめとする歴代藩主が参加した格式ある祭りとして、城下町・津山で守り受け継がれていく。


写真上から、御城下壇尻神輿太鼓引出之図、赤座屋敷跡東端(津山城三之丸)、赤座屋敷南側(剣大の陣幕が建物の位置)

■現在の様子■


宝永3年(1706)、松平初代藩主・宣富が祭りを楽しみ歴代藩主も倣った赤座屋敷前を練る徳守神社大神輿 >>津山松平家(越前家)陣太鼓 >>安政の出動順
宝永3年(1706)の祭りと同様に赤座屋敷から「二階町門」方面へ進む大神輿。後方は随行するだんじり(小性町・鯱若臺) >>2011年大神輿大修繕 >>津山城
寛文4年(1664)、森2代藩主・長継の意向で西松原に設けられた御旅所。同年から同所への徳守神社神輿の御幸行が始まり、各氏子町内の練り物の神輿随行も始まる
>>大神輿の歴史 >>西松原・翔龍臺(こぼれ話・その九)

>>こぼれ話・その壱-そのとき津山は/文政に造られた簾珠臺
>>こぼれ話・その弐-津山の記憶/稲葉浩志、オダギリジョー
>>こぼれ話・その参-GWに“津山型だんじり”/若葉の中を練る
>>こぼれ話・その四-寅さん最後の露店の舞台/津山まつり
>>こぼれ話・その伍-伝統脈々、安岡の心意気/初代衆望壱番臺
>>こぼれ話・その六-知られざる林田宮川町、大隅神社「裏年」も出動
>>こぼれ話・その七-牛窓、林野、児島の各だんじりと津山との関係
>>こぼれ話・その八-文献に340年前から登場/寛文7年から祭り盛り上げた坪井町
>>こぼれ話・その九-寛文4年、昭和3年からの集大成/西松原・翔龍臺
>>こぼれ話・その拾-二宮の祭り引っ張り半世紀/桜町龍・櫻臺
>>こぼれ話・その拾壱-津山城下の祭りと拍子木/先導役





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