町 名 :宮 脇 町
時 期 :文政三年の作
工 匠 :不詳
若連中:−−−


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(西

宮脇町
 徳守神社のある町というというのが町名の由来。徳守神社は津山城下の総鎮守だが城下の西端に位置し防衛的な意図から広壮な社殿に造営された。当初は武家屋敷を配し商家は坪井町までであったが、次第に商業が発達し藩士邸が商家に変わっていった。
 西の境は藺田川で翁橋のたもとに大番所や制札場がつくられ西の関所となっていた。


120年ぶりに舁き山(担ぎだんじり)として宮入りした簾珠臺(09/10/04)
<コメント>
町名の通り徳守神社の隣、だんじりの鬼板も鳥居です。
こぼれ話・その壱-そのとき津山は/文政に造られた簾珠臺をご覧ください。
120年ぶりの舁き山復活。簾珠臺の徳守神社宮入の様子は>>こちらから
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